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大阪地方裁判所 平成7年(ワ)8616号 判決

原告

小川稔

被告

大畑英樹

主文

被告は、原告に対し、金四七三万八四五〇円及びこれに対する平成五年一一月二九日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は、これを二〇分し、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、金一億一〇〇〇万円及びこれに対する平成五年一一月二九日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、信号機により交通整理の行われている交差点における足踏み式自転車と普通乗用車とが衝突し、足踏み式自転車の運転手が傷害を負つた事故に関し、右運転手が、普通乗用車の所有者でもある運転手に対して、自動車損害賠償保障法三条に基づく損害賠償を求めた事案である。

一  争いのない事実

1  本件事故の発生

(一) 日時 平成五年一一月二九日午後七時二〇分ごろ

(二) 場所 大阪府豊中市二葉町二―一―一先路上

(三) 加害車 被告運転の普通乗用自動車(登録番号和泉五〇そ七三四、以下「被告車」という。)

(四) 被害車 原告運転の足踏み式自転車(以下「原告車」という。)

(五) 事故の態様 被告車が時速七〇キロメートルで本件交差点を直進したため原告車と衝突した。

2  原告の受傷及び治療経緯

(一) 原告は、本件事故により、脳挫傷、急性硬膜外血腫、右鎖骨骨折、右第八・九肋骨骨折、両腓骨骨折、脾破裂の傷害を負つた。

(二) 治療経緯

(1) 大阪府立千里救命救急センター

入院 平成五年一一月二九日から平成六年一月一七日

(2) 甲聖会紀念病院

入院 同月一七日から同年七月二九日

(3) 小島病院

入院 同月二九日から

(三) 後遺障害

原告は、意識レベルはJCSI―3、問いかけに対して発語はあるものの内容は支離滅裂、昼夜逆転傾向、手は自由に動かせるが歩行は全くできず、頭部CTでは右前側頭葉の挫傷後変化あり、EEGでは六から七HZθウエーブが全般性に出現する等の障害を残して症状固定し、自賠責保険から等級一級と認定された。

3  損害のてん補

原告は、自動車損害賠償責任保険(以下「自賠責保険」という。)から、二四九六万円の支払いを受けた。

二  争点

1  被告の責任

被告は、被告車の保有者であるから、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条により、原告らが被つた損害を賠償する義務がある。

2  損害額

(一) 治療費 七四五万二九九〇円

(二) 入院付添費 三八二万七〇七四円

平成七年六月末日まで

(三) 入院雑費 五八万五〇〇〇円

一日あたり一三〇〇円として四五〇日分

(四) 休業損害 六〇〇万〇〇〇〇円

(原告の主張)

原告は当時、大工として後藤工務店に勤務し、日額二万円、少なくとも月額四〇万円の収入を得ていたが、本件事故により休業を余儀なくされたので一五月分

(算式) 400,000×15

(被告の反論)

原告の休業損害の算定基礎額は賃金センサスの男子労働者一八歳程度の金額によるべきであるし、小島病院では専らリハビリが行われていたのだから、同病院に転院した平成六年七月二九日までに症状固定したというべきであり、休業損害もそれまでの分に限られる。

(五) 将来の付添費 四四九五万五九〇二円

原告は、現在でも、自発的な発言ではなく、発声はあるが不明瞭で、左上下肢は全廃状態で、食事時にはしを使用できず、衣服の脱着は自力でできず、常時おむつを要する状態で介護は原告の生存中必要であるところ、付添費は月額二一万七五四四円を要するので平均余命二八年分

(算式) 217,544×12×17.221

(六) 将来の入院雑費 八一七万一三六四円

日額一三〇〇円の入院雑費を平均余命二八年分

(算式) 1,300×365×17.221

(七) 逸失利益 五五三七万二八〇〇円

原告は、本件事故により傷害を負い、前記一2(三)のとおり後遺障害を残して、平成七年二月一三日症状固定したので、労働能力を生涯に渡つて一〇〇パーセント喪失したものであり、本件事故当時の収入月額四〇万円を基礎にして、就労可能上限年齢六七歳まで一六年のホフマン係数を乗じて算出すると、右のとおりとなる。

(算式) 400,000×12×1.0×11.536

(八) 慰謝料 二七一三万〇〇〇〇円

(1) 傷害慰謝料 三一三万〇〇〇〇円

(2) 後遺障害慰謝料 二四〇〇万〇〇〇〇円

(九) 弁護士費用 一〇〇〇万〇〇〇〇円

3  過失相殺

(被告の主張)

原告は、夜間、見通しの悪い場所から無灯火の自転車を泥酔状態で運転して、対面信号が赤であるにもかかわらず本件交差点に飛び出してきた過失がある。

(原告の反論)

仮に原告の信号無視があつたとしても、本件事故においては被告の過失割合の方が大きい。

第三争点に対する判断

一  被告の責任、過失割合

1  証拠(甲第一から第二の三まで、乙第一から第三まで、検乙第一から第四まで、被告、弁論の全趣旨)によれば、

本件事故現場は、阪神高速道路下のほぼ南北に伸びる道路(「空港線」)とほぼ南東から北西に伸びる道路とが交わる信号機による交通整理の行われている交差点であること、南北道路は、歩車道の区別があり、本件交差点の北側では幅員約一二メートルの四車線(本線は幅員約六メートルの西側二車線)、南側では幅員約六メートルの二車線となつていること、本件事故現場付近の道路は市街地に位置し、最高速度の指定はなく、路面はアスフアルト舗装され、平坦であつたこと、本件交差点付近における南北道路の進路前方の見通しは良いが、左右の見通しは悪いこと、被告は、本件事故当時、勤務先から帰宅のため、一人で被告車を運転して、本件南北道路を南行していたこと、本件事故当時の走行速度は時速約七〇キロメートルであつたこと、被告は、本件南北道路の右側端の車線上の別紙図面〈1〉地点(以下地点符号のみ示す。)で対面信号〈甲〉が青であるのを確認したこと、〈2〉で勤務時にいつも飲み物を買つている自動販売機〈A〉を見、〈3〉で無灯火の原告車〈ア〉を一二・二メートル先に発見し、ブレーキを踏んでハンドルを切つたが、原告車左側面部と被告車の前部とが〈×〉で衝突したこと、〈3〉付近の西側は阪神高速道路下の橋脚、フエンス、雑草等で見通しが悪いこと、衝突後、被告車は〈5〉に停車し、原告は〈エ〉に、原告車は〈ウ〉に倒れたこと、〈3〉から〈5〉までは約二六・八メートルであること、原告は本件事故当時、血中アルコール濃度が一デシ・リツトル中三八九・二ミリ・リツトルであつて、これはいわゆる泥酔状態であること等の事実を認めることができる。

右の事実によれば、被告は、本件事故当時、自己のために被告車を運行の用に供していたものといえ、その運行によつて原告に傷害を負わせたのであるから、自賠法三条により、原告に生じた損害を賠償する責任があり、また、本件交差点は西側の見通しが悪いのであるから、走行してくる車の存在について予見し、右方の安全を十分に確認して進行する注意義務を怠つた過失があり、他方、原告にも、泥酔した状態で、対面信号が赤であるのに本件交差点に進入した過失があるといわざるを得ず、本件事故に関する原告及び被告の過失割合は、概ね、原告の七、被告の三と解するのが相当である。

二  原告の損害について

1  原告の症状固定

前記争いのない事実及び証拠(甲第三の一から三まで、第五の一及び二、第一三の一及び二)によれば、

原告は、本件事故により、脳挫傷、急性硬膜外血腫、右鎖骨骨折、右第八・九肋骨骨折、両腓骨骨折、脾破裂の傷害を負い、大阪府立千里救命救急センターに平成五年一一月二九日に入院し、意識状態は次第に改善したが、昏迷状態のまま、治療継続のため平成六年一月一七日、甲聖会紀念病院に転院したこと、甲聖会紀念病院ではリハビリを中心とした入院治療が実施され、リハビリにより少しずつ生活リズムを獲得したこと、同年七月二九日に、小島病院に転院したこと、小島病院に転院時に、原告は、意識レベルはJCSI―3、問いかけに対して発語はあるものの内容は支離滅裂、介助は必要であるが、食事は自力摂取可能の状態であつたこと、小島病院に転院後は、投薬及び理学療法(消炎、鎮痛)が継続的に実施され、その内容はほぼ変化がないこと、原告は、右入院期間中、平成六年一月一七日から付添看護を要する状態にあること、甲聖会紀念病院医師林正人は、平成七年二月一三日付けで自動車損害賠償責任保険後遺障害診断書及び診断書を作成し、自動車損害賠償責任保険後遺障害診断書の症状固定日欄及び診断書の治癒または治癒見込み日欄はいずれも空欄となつていること、小島病院医師中村敬吾は、同月二一日付けで自動車損害賠償責任保険後遺障害診断書及び診断書を作成し、原告につき、自発的に話しかけることはないが、話が通じる時もある旨、過去の記憶はほとんどなく、完治の見込みはほとんどない旨診断し、自動車損害賠償責任保険後遺障害診断書の症状固定日は不詳である旨、また、診断書の頭部打撲、脳挫傷の治癒または治癒見込み日欄は空欄、腹腔内出血、脾破裂、右鎖骨、右第八・九肋骨、右腓骨近位端、左腓骨遠位端骨折欄はいずれも治癒した旨記載されていること等の事実を認めることができ、右の事実によれば、原告は平成六年七月二九日をもつて症状固定したものと解する。

2  損害

(一) 治療費 七四五万二九九〇円

証拠(甲第四の一から同三まで、第七、第九の一及び二、証人溝口学)によれば、原告は、本件事故による入院治療のため、大阪府立千里救命救急センターにおいて、平成五年一一月二九日から平成六年一月一七日までに一〇〇万九七〇〇円、甲聖会紀念病院において、同月一七日から同年七月二九日までに二四八万〇二二〇円、小島病院において、同月二九日から平成七年一月三一日までに二六四万三五七〇円、同月二月から同年六月末までに二〇八万三八八〇円の合計八二一万七三七〇円の治療費を要したこと、平成八年一月一二三ママ日の時点で、医師は原告につき、以後の入院治療の必要性を認めていること等の事実を認めることができ、前記1のとおりの原告の状態も併せ考えれば、原告につき症状固定後の治療も必要かつ相当であつたといいうるから、治療費として七四五万二九九〇円を要した旨の原告の主張は理由がある。

(二) 入院付添費 三八二万七〇七四円

前記1の事実及び証拠(甲第七、第九の一及び二、証人溝口学、同川畑美洋子)によれば、原告は、入院期間中、平成六年一月一七日から付添看護を要する状態にあり、平成七年六月末日までの付添費として三八二万七〇七四円を要したことを認めることができ、原告の主張は理由がある。

(三) 入院雑費 五八万五〇〇〇円

前記争いのない事実によれば、原告は、本件事故により、平成五年一一月二九日から入院治療を受け、前記2(一)のとおり、右入院治療は必要かつ相当であつたところ、同日から平成七年二月末までの四五七日間において、一日あたり一三〇〇円の雑費を要したものと認められるから、五八万五〇〇〇円の雑費を要した旨の原告の主張は理由がある。

(算式) 1,300×450

(四) 休業損害 二三七万一八一三円

原告は、本件事故当時、大工として後藤工務店に勤務し、少なくとも月額四〇万円の収入を得ていた旨主張し、証拠(甲第八の一から一〇まで)中には、原告が本件事故前に、後藤工務店から月額一八万円から八〇万円の収入を得ていた旨の記載もあるけれども、本件事故直前の日付けのものをとつてみても、平成五年六月二五日付けのものが二七万六〇六九円、同年七月二五日付けのものが一八万六六四六円、同年八月二五日付けのものが二〇万五〇一四円、同年一〇月二五日付けのものが三〇万三八二〇円と記載されているのであつて、他に原告の年収が原告の主張する月額四〇万円であつたことを認めるに足りる証拠はないといわざるを得ない。

しかし、証拠(被告、弁論の全趣旨)によれば、原告は、昭和一八年八月三〇日生まれの、本件事故当時五〇歳の男性で、本件事故当時、後藤工務店に勤務していたこと等の事実を認めることができ、平成五年度賃金センサス第一巻第一表の産業計・企業規模計・男子労働者・学歴計の五〇歳から五四歳の平均年収額が七一二万五二〇〇円であることは当裁判所に顕著な事実であり、原告が平均賃金の五割程度の収入はあつたと解することができるから、これを算定の基礎にして、本件事故時から、前記1の平成六年七月二九日の症状固定時までの休業損害を算定すると右のとおりとなる(円未満切り捨て。以下同じ)。

(算式) 7,125,200×0.5÷365×243

(五) 将来の付添費 七九一万三二三六円

前記1及び2(一)のとおり、原告は完治の見込みがなく、将来も入院治療の必要性が認められるところ、原告は、月額二一万七五四四円の付添費が必要である旨主張するけれども、証拠(甲第一二、第一四、証人川畑美洋子)によれば、原告は小島病院に入院中、付添料は平成九年九月まで一日当たり一三〇〇円(一か月当たり四万三〇〇円)であつて、その後も値上がりはない見込みであること、原告は平成六年七月当時満五一歳であつて、平成六年簡易生命表によると五一歳男性の平均余命は二八年間(年未満切り捨て)であることは当裁判所に顕著な事実であり、原告は約二八年の余命があると認めるのが相当であるから、新ホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除し、右期間の付添費の現価を算定すると右のとおりとなる。

(算式) 1,300×365×(17.629-0.952)

(六) 将来の入院雑費 七九一万三二三六円

原告は、前記(五)と同様の期間、日額一三〇〇円の入院雑費を必要とすると解されるので、右期間の入院雑費の現価を算定すると右のとおりとなる。

(算式) 1,300×365×(17.629-0.952)

(七) 逸失利益 四一〇九万八一五三円

前記争いのない事実及び前記二1のとおり、原告は後遺障害を残して、平成六年七月二九日症状固定し、その労働能力を生涯に渡つて一〇〇パーセント喪失したものであり、また、前記2(四)のとおり三五六万二六〇〇円程度の年収を得る蓋然性があつたということができ、労働可能年数を症状固定時から就労可能上限年齢の六七歳までの一六年間とし、右年収額を算定の基礎とし、新ホフマン式計算法により、年五分の割合による中間利息を控除して、右期間の逸失利益の現価を算出すると右のとおりとなる。

(算式) 7,125,200×0.5×1.0×11.536

(八) 慰謝料 二六五〇万〇〇〇〇円

原告が本件事故により傷害を負い、平成五年一一月二九日から入院治療を継続し、重度の後遺障害を残したこと等諸般の事情を勘案すると、原告の慰謝料としては、入院慰謝料分二五〇万円、後遺障害慰謝料分二四〇〇万円の合計二六五〇万円をもつて相当と解する。

三  前記二記載の原告の損害額合計金九七六六万一五〇二円に対し同一記載の過失割合に基づき過失相殺による減額を行うと残額は金二九二九万八四五〇円となり、前記争いのない事実によれば、原告は、自賠責保険から、二四九六万円の支払いを受けたものであるから、これを控除すると残額は金四三三万八四五〇円となる。

四  弁護士費用

弁論の全趣旨によれば、原告は、法定代理人後見人を介し、原告訴訟代理人に対し、本件訴訟の提起及び追行を委任し、弁護士費用を支払うことを約したことを認めることができるところ、本件事案の性質、認容額その他諸般の事情を考慮すると、弁護士費用は四〇万円とするのが相当である。

五  以上のとおりであつて、原告の本訴訟請求は四七三万八四五〇円及びこれに対する本件不法行為の日である平成五年一一月二九日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由がある。

(裁判官 石原寿記)

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